聖夜のあとさき”
 

 

 大門の門柱に据えられたドアフォンを鳴らせば、

 【あらあら桜庭くん、お久し振りですねぇ。】

 軽やかな女性のお声がし、どうぞ上がって下さいなと、気取らぬ言い回しをして下さる。小さい頃から…というのではないが、王城の中等部から縁が出来たのが切っ掛けで、その後も何かとお世話になってるお家のお母様であり。一見、おっとりとした雰囲気の強い、いかにもな良家の細君ではあるが、いやいや実際その通りなのだが。嫋やかそうな外見に見合わず、今時でも“武家の妻女”という肩書そのままな、実は頼もしいお人だというのをよく知っている桜庭で。いつだったかちょっとした悶着があっての、血気盛んにもいきりたち、勢いづいての一斉に、むくつけき門弟の皆さんが“こんの野郎っ”とばかりに立ち上がったものを、

 『…っ。』

 どこぞへかの喧嘩相手を目指し、飛び出して行かんとした進路上に立ちはだかったそのまま、きりりというひと睨みで若いの十数人を一気に黙らせてしまったところ、たまたま居合わせて目撃したことがある身としましては、

 “…まあ、あの進を育て上げた人なんだし。”

 そうと思えば納得もいくかと、そんな順番で自分自身を宥めたのが、まだ中学生だった頃合いのことであり。今じゃあすっかり馴染んだもの。お邪魔しますと耳門
(くぐり)を入り、飛び石づたいに辿り着くのが、こちらも何とはなく風情のあるガラス格子戸のはまった玄関口。模様ガラスの向こうに、優しい色合いの人影があって。こちらが到着する寸前に、内側から開けられたそこにいたのが、緋色の小袖と白い割烹着という、家事の途中ですという装いのお母様。

 「こんにちは、桜庭くん。」
 「こんにちは、お久し振りです。」

 息子の方とは、夏休みや春休みでも部活で毎日顔を突き合わせているものの、こちらへお邪魔したのはそういや久々。芸能人にならずとも、昔っから卒のない愛想を打てる少年だった桜庭くん。にっこり微笑っていいご挨拶をしてのそれから、

 「あの、進は…?」

 厳密に言や、ご一家全員“進さん”ではあるが、そんな手前の方でいちいち突っ込んでいてはキリがなく。
「ごめんなさいね、心配かけちゃった?」
 心得ておりますお母様。何たって…彼の久々のご訪問自体に心当たりがおあり。すなわち、

 「本人は登校したかったらしいんだけど。
  終業式だけだと聞いてたもんだから、
  無理しない方がいいわよって、家の者総出で押さえ付けての引き留めたのよねぇ。」
 「ははあ…。」

 さあさ上がって上がってとの手振りをしつつ、そんな風に事情とやらを語って下さるお母様。

 「…アレを よく押さえ付けられたもんですね。」

 自分チの総領息子をこんな風に言われ、ムッと来て怒るどころか、

 「あらあらだって、たまきちゃんが丁度居たんですものvv」

 自分チの一人娘を捕まえて、日本のアメフト界を背負って立とうというラインバッカーを押さえ付けるの、楽勝よぉvvなんて屈託なく笑って見せるから…相変わらずでございます。
(笑)
「さ、どうぞ。」
 クリスマスが終われば、後は年末のあれやこれやが押し寄せる。そんな時期でもあったことから、お構いしませんでと二階の途中までを案内してくれたそのまんま、後はよろしくと“回れ右”なさるお母様を見送って…さて。

 「進? 起きてるか?」

 つややかに磨きあげられた廊下の片側。襖の戸口に声をかければ、おうという応じの声。すらりと襖を開けたれば。一応は病人だからということか、パジャマ姿でベッドに座り、上体を起こしているチームメイトがそこにはいて。
「これ。成績表とプリントに、ベストイレブンへの副賞が届いてたからっての、預かって来た。」
 それらを入れて、提げて来た紙袋を差し出しつつ、
「…一応 訊いていっか?」
 鬼の霍乱とか?お決まりなことを訊けば、
「日射病ではない。」
 おやおや、律義なお答えで。成程、熱にうなされてるという容体じゃあないらしいのは判ったが、

 「それじゃあ何でまた、記録ものだった皆勤賞蹴るような事態になったのさ。」

 クリスマスボウルが済んだ後は、一応“オフ”扱いとなった彼らであり。三年生の先輩方がクラブハウスを出て行かれるのを見送ったり、部活動の方を優先する余り、ちょいとばかりお勉強が疎かになっていての、及第点を取れなかった科目への補習があったりした数日を過ごし。さあ終業式だというその当日になって、

 『桜庭くん? 朝早くから ごめんなさい、清十郎の母です。』

 体調が悪くなったので、休ませますとの連絡が入ったもんだから。これが他のクラスメートが相手なら“お大事に”で済むところ、

 『な…っ、それってどういう悪ふざけなんだ。』
 『つか、あの進が体調が悪くなったってのはどういう冗談なのさ。』
 『そうまで今年のインフルは極悪強力なのか?!』

 インフルはどうか知らないが、とりあえず職員室をパニックにおとしいれたほどの威力だったのは言うまでもない。平然と伝えられた身だった自分は、よほどのこと…一見、実直そうな好青年に見せといて、その実、寡黙が過ぎる朴念仁なところでも、トレーニングの名の下に、どこでもぶら下がって懸垂おっ始めるところでも、何をやらかそうと驚かれている奇天烈なこの青年に、随分と免疫が出来ていたんだなぁと。今更ながらに思い知らされ、

 “つか、
  最近の進がちょこっと変わりつつあることへ、馴染んでいるんだろうよな。”

 どっちにしたって あんまり嬉しくはないような…なんて。胸の奥底で可愛げないこと呟いてるが、心にもないことなその証拠、口元が微妙に緩んでいるぞ、桜庭くんvv

 “…って、
  さっきから前振りばかりで、一向に話が先に進んでないじゃあないですか。”

 そうでしたね、すいません。
(猛省) 念の入った鍛えようをしていて、頑丈で健康で。指先までもを鍛え上げてて、壊した自動販売機やPCは数知れず。およそ具合が悪くなるなんてことへは、一番縁遠い人に見えそうな、進清十郎くん、16歳が。校長先生のご挨拶を聞く終業式や、成績表や連絡事項を刷ったプリントをいただくのみの最終登校日に、ひょっこり顔を出すこともかなわぬ容体になったからという連絡を受け。それを学校側へと伝えて一様に驚かれた桜庭くん。彼への配布物を預けられ、暗に詳細を訊いて来てねと送り出された身だったりし。なのでと、先の一言を訊いたのに、

 「……。」

 むうと口を噤んでしまい、何か語り始めるなんてとんでもないと 言わんばかりなお顔になった仁王様。
“ほほお?”
 無駄口叩かないのは いつもの事だし、もしも本当に体調が悪くての弱っているとして、そんなことを口にするのは男らしくないとか…思っていての無言なのなら、食い下がるなんてのは野暮の骨頂だと判るけど。

 「…セナくんにも言っとかなきゃ不味くない?」

 さすがアイドル、仕草も洗練されてます。乱暴に振るでなくの軽やかに、ワンアクションでぱかりとケータイ開いた途端、

 「…っ。」

 射程内にいたのが不味かったものか、目にも止まらぬ神速で、その手からモバイルツールが奪われている見事さよ。とはいえ、

 「丁寧に扱えよ、それお前んだから。」
 「…☆」

 机の上に置いてたからさと、そこはそれ、付き合いが長いから。どう運ぶかくらいはお見通し。それと、

 “やっぱ、セナくんがらみかな?”

 ここ最近、この1年に限った話。その言動のところどこで、一般人レベルの反応を見せることが増えて来た誰かさん。特定の誰かへ向けて、随分と過剰に集中して見せたり、その結果、落ち着きがなくなったり。何しろ、お顔の表情筋だけ鍛えるのを忘れていての制御出来ない彼らしいので。もしかしなくとも、他の人にはなかなか判りにくいそれかもしれないが、
“それとも判りやすいって思う僕が異常なのかな?”
 いやいや、単に感化されてるだけだ。高見さんにだって何とはなく判ってたらしいのだしと、自分までもが異常だなんてとんでもないとの拒絶反応が出たところで、

 「このくらいのカマかけられただけで、あっさり判っちゃうんだものなぁvv」

 くふふと微笑って見せるお兄さんへ、

 「〜〜〜〜。」

 抜かったなんてお顔をするよになったのも、この1年の間のこと。成長したねぇとの感慨も深々と、ようやく人並みの機微を得たのだねぇと、しみじみ思うアイドルさんだったものの、

 「で? 何があっての具合が悪くなったワケ?」
 「………二日酔いだ。」

  ―― はい?

 メールのし過ぎで寝不足だとか、セナくんの地元へまでという、遠出ばかりする無茶なトレーニングがとうとう祟って不調とか。やっとのこと、人並みなドジを踏んだ彼へ、馬鹿だなぁなんてその肩叩いてやれる、当たり前なやり取りが出来るまでとなったかと、そんな辺りを想定していたものだから。
「…二日酔い?」
「ああ。」
「中学生のころから、既に一升びんの回し飲みに参加しとった奴がか?」
「祝杯だ、大目に見ろ。」
「今更“未成年のくせに”と時間差でツッコミたいワケじゃないよ。」
 それでも律義にツッコミ入れつつ、

 「だってお前、酒はザルの上行く“ワク”じゃないか。」

 ザルならまだ、液体でも凍らせれば掬えるが、枠だけではそれも無理。そのくらいにその体内へアルコールを留めておけないウワバミだと、誰しも知ってる豪傑が、
「…二日酔いの定義が変わったのか?」
「だから。」
 大ぶりな手で額を押さえ、そのまま“はぁあ”と吐息をつけば、がっしり頼もしい肩が、パジャマの下で少しばかり落ちて。

 「俺にも判らんのだ。なんでまた…。」

 昨日の外出から帰って来て以降、何となく胃腸だか心臓だかのすわりが悪くて。急に寒さが増したから、風邪でも拾ったのじゃあないかと言われたものの、熱もなければ眸も喉も赤くはないし、悪寒もしない。ああでもなんだか、動悸も落ち着かないしと、早い目に床についたのに、
「今朝も何だか調子がおかしいと?」
「…。(頷)」
 あああ、この描写をここで使おうとは。(どこぞの次男坊ですか・笑)
言葉もないまま、ただただこっくり頷いた進へ、
「でも、さっき“二日酔い”って。」
 それと原因が判っているような、断定的な言い方じゃあなかったか。うっかり流されることがないのは、基本、天然ボケの多い環境下に身をおいた期間が長かったせいか。何でまた“二日酔い”と言い切れるのかと訊いたれば。

 「………。」
 「セナくんに報告しちゃうよ?」

 お前だってさ、自分が一緒に居ない間にセナくんが熱出してて寝込んでたなんて、それも随分と後々で知ったら あんまりいい気はしなかろに。いかにも道理だろうがと言い立てりゃ、
「…。」
 道理が判るか、渋々ながら口を開こうとする気配があるところもまた、大事な人が出来ての、小さな君を慮
(おもんばか)るようになった、その素晴らしき影響の一端じゃあなかろうか。ほれほれ言ったんさいと、優しい笑顔で待ち受けたれば、

 「…チョコレートだ。」
 「?? はい?」

 そういやお前、甘いものは苦手だったかな? でも、それだと“胸焼け”って言わないか? 今ひとつ理解が追いつかなくて、訊き返したところが、

 「…小早川が、食べさせてくれたのでな。」
 「ほほぉ……vv」

 昨日は全国的にクリスマスだったので、もしも予定が空いておいでなら、逢えませんかとお伺いを立てて来たセナであり。大学生や社会人にはまだまだ終わらぬシーズンだけれど、自分たちは直接の目標が一段落ついたばかり。そこで…と、それでも都合はと聞いてきたセナであり、勿論のこと、異存などあるものかと了解しての、先の試合ぶりという街での逢瀬の機会を持って。

 “…堅苦しい奴。”

 そだねぇ。
(笑) いつものQ街で待ち合わせをし、すっかりとクリスマス仕様となっての、ロマンティックに飾られたあれこれを眺めて回って。ああ、昔の君だったなら、用もないのにぶらぶらと街を歩くだけだなんて意味が判らず戸惑ってたことだろね。同じ散歩をしたいなら、もっと空気のいいところで、足へのクッションもいい土の道、選んで歩けばいいのにと、トンチンカンなことを相手へお説教していたはずだろに。

 『わ、この仔猫、ふわふわですよvv』

 ペットショップのゲージをウィンドウ越し、のぞき込んでははしゃぎ、ほら見てくださいよぉと無邪気に指さす愛しい君にこそ見とれてしまったり。トリック本の宣伝なのか、三次元的に不思議な作りのディスプレイへ、あれれぇ?と小首を傾げる屈託のなさへと鉄面皮がほろほろほどけてしまいそうになり…と。他愛ないこと見たり聞いたりするだけの街なかのお散歩、そりゃあもうもう堪能させていただいて。さて、そろそろお別れという時間になっての駅前に向かったところが、道ゆく人へお菓子の試供品を配っていたのへ捕まった。さまざまな形と色合いで、1つ1つが銀紙に包まれたそれは、一見すると詰め合わせ用のアソートチョコらしき代物だったが、

 『あ、これってチョコボンボンだ。』
 『?』
 『洋酒が入ってるんですよ。』

 大した量じゃないのでしょうけど、それでもボクには食べられないから。そんな風に言ったセナが、自分がもらった分のチョコ、銀紙をくるりと上手に剥くと。間近になってた進の口元を見上げ、

 『はい♪』

 今にして思えば、一日楽しく過ごしたことで、気分的に…ほろ酔いに近い浮いた状態でいたような彼だったのかも。どうぞと差し出す可愛さへ、ついつい見とれたそのまま、口元へ軽く押し当てられたそれ、さしたる抵抗もなく食べてしまった進もまた、同様な状態だったらしくって……。

 「それからずっと、何とも胸苦しいままなのでな。」
 「ほほぉ?」
 「そういえば、俺はあまり洋酒は飲んだ経験がなかったから。」
 「それで? 二日酔いに違いないと?」

 どっからどう突っ込んでやろうかいと、ちょっぴり眸が座りかかってる桜庭くんだったのは。こちとら、愛しの君は休みとあらば資料整理と偵察(スカウティング)にあててしまう働き者だから、なかなか逢う機会を作ってもらえずにいるってのに。それでなくたってクリスマスもお正月も、テレビのお仕事や事務所主催の番組やイベントがあるから、アメフトシーズンの半分だって自由にならない身だってのにと、そういった憤懣もあってのことだったらしく。

 「あのね…。」

 とりあえず、それは“二日酔い”なんかじゃあないと言いかけた途端、ポケットで震え出した自分の携帯に引き留められて。ああもうこんな間合いに一体誰だと、苛立ち半分に見たディスプレイから、あああどうしましょ、視線が外せなくなっちゃってvv
「…桜庭?」
「あ? あ、ああ。」
 我に返って…表情が一変。そうそう、それって二日酔いなんかじゃないから安心しなよと、そりゃあ柔らかな笑顔で進言してやり、
「向かい酒には、そう、セナくんに電話してみるってのが一番かもしれないよ?」
「…二日酔いではないのだろう?」
 おおお、進さんの方から突っ込んでますが。
(笑) 空気が読めないのは今更な話。いきなり落ち着きのなくなった桜庭くんが、じゃあお大事にねと、やっぱりトンチンカンなこと言い残し、さっさと退散してったのを見送って。

 「……………。」

 向かい酒とはまた、絶妙な言いようをしていったお友達。手元に持ってた携帯を見下ろし、さあさ、進さん、どうするどうする?





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.12.26.


  *なぁんやコレなお話ですいません。
   しかも“高校生Ver”だし。
   本誌のほうでは
   新年早々NYを駆け回ってる、相変わらず落ち着きのない人たちらしいですが、
   そうでなきゃ、どんなクリスマスを送った二人なんでしょね。
   そんなことをば、ちらっと考えてしまった…割に、
   セナくんは回想にしか出て来てなくってすいません。
(う〜ん)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらへvv**


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